常光寺

【常光寺】(じょうこうじ)

天正5年(1577)円蓮社光誉上人の開山、開基は榊原康勝(二代藩主)という。光誉上人は善導寺に来て、幡随意(ばんずい)上人に教えを受け、善導寺が館林城下へ移ると,その跡地にあった草堂を興して常光寺と称したという。その後榊原康勝の助力で現在地に移った。現本堂は明治30年改築。小室翠雲が描いた144枚の豪華な格天井(ごうてんじょう)が本堂を飾る。荒井閑窓の句碑もある。
境内には岡谷瑳磨介の息・南條新六郎、生田万・妻の実家香取家、館林の本陣・大島家。豪商の荒井家、正田家の墓がある。常光寺▲綱吉時代の絵図に常光寺の名が記されてないが、単なる書き忘れだ。綱吉時代にも常光寺は千眼寺の北に隣接して存在していた。常光寺青山家絵図
▲綱吉時代の城下町絵図(青山家所蔵)で確認すると千眼寺の北に常光寺がある。

(2018年1月30日アップ)

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